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                                    平成19年(2007)3月11日

 平成19年(2007)3月11日、京都は昨日までと打って変わって、とてもとても寒かった。時々雪がちらつき、あられが降ったり、そして
冬雲が去って青空が見えたりと。
 そんな天気の中、第一回山南忌が壬生で行なわれました。まずは光縁寺を訪れましたが、これまでとは違う雰囲気。受付自体が違うし、係りの人もいるし。本堂に上がり焼香してから、お墓へ。いつもはここで一時過ごすのですが、今日は無理なので、合掌して、この日がついに来ましたねと、心の中で語りかけました。
 次は前川邸へ。ここで本日の受付をして、案内用紙や記念品を頂く。記念品にキャーでした。散っていく桜が描かれて、そして山南忌と書かれた手ぬぐい。もったいなくて、使えそうにない。そして前川邸の仏間にて焼香。以前、ブログの記事で書いていますが、この部屋は2度目だったので、前回ほどドキドキはなかったけれど、やはりこれは緊張しますよ。この後、第一回山南忌記念グッズを申し込みました。後日、届くとのこと。 
 記念式典は壬生会館で行なわれました。13時半からの開場。会場の一般席はかなり埋まっていました。とにかくすごい人。京にて、初めて新選組の隊士の供養イベントが持たれるということ、それが山南敬助であること。その山南敬助のためにたくさんの人が集まるということ。生きていて良かった。想い続けていて良かった。さて式典の最初は全員で黙祷。その後、開会や来賓の方の挨拶があり、島原司太夫による『黒髪』というタイトルの奉納舞。とても上品で素敵な舞いでした。次に嶋田ひろしさんによる『歳三』番外編・山南と歳というタイトルの独り語り。この『歳三』という独り語りは、本当は2時間ものらしいのですが、その一部分を演じてくださいました。登場人物は、山南に土方に坂本龍馬に榎本武揚の4人です。えっ?と思われるかもしれませんが、話はちゃんと繋がっており、とてもとても良かったです。ちょっと笑えたりするところもあるのですが、目頭が熱くなるところもあり、我慢できず泣けちゃいました。今回、7年ぶりに披露したそうですが、ぜひ、2時間すべて観たいものです。その後に新選組研究家の釣洋一氏の『赤心の情』というタイトルの記念講演。山南の命日を和暦と西暦で考えた場合のこと、山南の読み方や仙台藩出身説から剣術、芹澤鴨の暗殺日、岩木桝屋事件、山南の病、脱走、切腹等など。自分が疑問に感じたりしていることについて、私はこのように思っていたけれど、そのような考え方もあるのだな〜と。また山南敬助に限らず、歴史を探求する時、大切にしなければならないことなど、とても勉強になりました。
 記念講演の後は、天然理心流の演武。東からやってきてくれたんですよ、山南のために。そして最後は、お楽しみ抽選会。これまで新選組関連において、○○賞というものがつく時、土方や近藤、井上などの名前がつくものは聞いたことがありましたが、山南賞という名がつくことは聞いたことがなかったと思われます。今回は、下から順にいくと、諸士取調役兼監察方賞→組長賞→副長賞→局長賞→総長賞でした。

 式典が終ったのは5時過ぎ。外に出れば、一段と寒いものの、雪は止み、見上げれば青空。私にとっては、今年の最大イベントが無事に終わり、感無量といったところです。まあ〜このイベントに合わせるかのように仙台、また江戸や小野路村に行ったところもありましたから。初めての山南忌。光縁寺から前川邸に行くまでの通りに係りの人が立っていて道案内してくれたり、式典の内容も充実しており、とても温かく、素晴らしいものだったな〜と思いました。式典の最初の挨拶でもありましたが、山南忌には山南敬助だけでなく、松原忠司や河合耆三郎など他の新選組隊士たちを供養するという意味もあるのです。山南忌の意味、また山南忌そのものが温かいものであり、そこに山南敬助の人柄が表れているように思えた次第です。
 山南忌の開催に関わってきた方々、本当にご苦労さまでした。そしてありがとうございました。私も同志らと一緒に参加でき、また新たな出会いもあり、とても素晴らしい一日でした。


*これはブログ・青嵐の足跡の平成19年(2007)3月12日の記事『雪がちらつく壬生にて山南忌』を編集したものです。

  


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