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桜のライン 山南敬助のぷろふぃーる桜のライン

通称:山南敬助
本姓:藤原   諱:知信
山南はこれまでやまなみと読まれていることが多くありましたが、記録に三男や三南の記録が残っていることから、さんなんと言う読み方が正式だったのではないかとも云われていますが、どちらか正しかったかは確証となる史料が出てこない限りわかりません。
初名は敬介、他に敬輔、啓介、啓助、三郎、三治郎などでの記録も残っております。

天保4年(1833)と天保7年(1836)の説があります。



元治2年(1865)2月23日


奥州仙台藩

父親は仙台藩の剣道師範であったと云われています。山南敬助は次男ということしか、わかっておりません。

小野派一刀流・北辰一刀流・天然理心流(北辰一刀流を証明する当時の記録は残っておりません)

姿




身長はあまり高くない
色の白い愛嬌のあるお顔
博学
優れた剣術
親切者
子供好き
あっさりした性格
温厚
頑固
達筆
参考文献:菊地明・伊東成郎・山村竜也『新選組日誌 コンパクト版(上)』新人物往来社  新人物往来社編『新選組銘々伝 第四巻 清水隆「山南敬助」』新人物往来社
記録に残っている山南の行動や、山南を知っている人が残した記録などから挙げました。謎の方であり、決して全てが事実とは言えないところもありますので、あしからず。




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